お城の歴史について

» Currently browsing: お城色々


松前城(福山城)

Comments Off

先日北海道へ行く機会が有り、そういえば北海道に城は?と考えてちらし作成されたものの中から探してみました。
日本の城といえば、戦国時代から江戸時代にかけて建てられたであろう立派な天守閣を持つ高い建物をイメージします。
北海道はかつては「蝦夷」と呼ばれ、日本からは独立しているかのような地でしたから、日本独特の城はあまり無いように思われますよね。
そんなイメージの通り、北海道にいくつかある城のほとんどは「城」とは呼ばれておらず、「郭」だとか「チャシ」と呼ばれています。
「郭」の中では五稜郭が有名ですね。
「チャシ」とはアイヌ文化における城のことです。
・・・と、そんな北海道ですが、日本独特の城が全く無いわけではありません。
北海道にある城の唯一のもの、それが「松前城」です。
間違えやすいのが愛媛県にある、かつての伊予国の松前城ですが、こちらは「まさきじょう」と呼びます。
北海道の松前城は「まつまえじょう」と呼び、また「福山城」とも呼ばれています。
しかし、やはり過去において北海道は江戸文化の及ばない独立した蝦夷地でした。
そのため、日本独特の城である松前城が建てられたのも、歴史の中では最後期にあたります。
築城されたのは1606年、慶長11年のこと。
その後は旧幕府軍との攻防によって落城となります。
現在の松前城は国の史跡に指定されており、うち本丸御門は国の重要文化財に、御殿玄関は北海道遺産に指定されています。
城そのものは後々復元されたものです。

白河小峰城

Comments Off

3月に入りましたね。
季節は、だんだん春へと近づいています。
今朝も、全国的に良いお天気となり気持ちの良い朝を迎えている方も多いのではないでしょうか。
春になると、気になる情報というのがサクラと花粉の情報ではないでしょうか。
今回は、サクラが綺麗なお城についてご紹介したいと思います。
サクラが綺麗なお城で有名なのが、白河小峰城です。
白河小峰城は、福島県にある有名なお城です。
この白河小峰城の周辺には、城山公園がありその公園内には綺麗な桜が植えられています。
春には、サクラが綺麗な白河小峰城でのんびりお城巡りも良いですよね。
滋賀で婚活している友人と一緒に、この白河小峰城でのんびりお城と桜を見てみるのもリフレッシュできそうですよね。
この白河小峰城の桜の数は、約180本と言われています。
この白河小峰城は、奥州関門の名城と言われています。
1340年に結城親朝が小峰ケ岡に城を構えたいうのがこのお城のはじまりだと言われています。
江戸時代の初代藩主・丹羽長重公が4年という歳月を費やして完成しました。
それ以後は、松平定信公をはじめ7家21代の大名が居城したと言われています。
しかし、1868年に戊辰の役で焼失してしまったそうです。
そして、平成3年に三重櫓、平成6年に前御門が史実に復元をされ、白河小峰城は再びその姿を取り戻したのです。
この復元時に使用された杉材も、忠実に復元されているんですよ。
その杉材は、戊辰の役の激戦地である稲荷山のもの。
また、床板や柱には当時の弾痕がそのまま残っているので歴史を身近に感じられるかと思います。

弘前城

Comments Off

今回は、東北唯一の現存天守が残るお城、弘前城についてご紹介しますね。
宮城で婚活し、秋田でお見合いしてきたとこの前メールをもらったので今回は東方地方の有名なお城について書きたいと思います。
元亀2年(1571)、大浦為信が南部氏の勢力を津軽地方から駆逐し、豊臣秀吉の小田原攻めに参陣して津軽4万5千石を安堵され、姓を津軽氏に改めた。
為信の近世城郭建設の意志を受け継いだ第2代藩主・津軽信牧によって、慶長16(1611)年に築かれたのが、この城である。
本丸・二の丸・三の丸・四の丸・北の郭・西の郭の6郭と、それを囲む三重の堀と土塁がほぼ完全な形で残っている。
本丸南の虎口の前には角馬出がつけられていて、当初は南西隅に五重の天守、南東・北西に隅櫓が建っていた。
しかしその天守は1627年の落雷により内部の煙硝に引火・大爆発してしまい、そのまま180年再建されなかった。
ようやく幕末近くの1810年に、幕府の許可を得て南東の辰巳櫓を改築し御三階櫓(天守代用)とした。
西側をのぞく本丸周囲のみ石垣が用いられているが、北東隅の石垣は、鬼門除けで隅が削られた形になっている。
二の丸には、北東(丑寅櫓)・南東(巽櫓)・南西(未申櫓)の3基の三重櫓が現存している。
また、三の丸南の追手門、同・東門、四の丸北門(亀甲門)、二の丸東門(東内門)、同南門(南内門)の5棟の門が現存している。
いずれも周囲に土塁を築いて枡形を設けた二層の櫓門であるが、枡形前面に一の門として高麗門を設けていないこと、全体を簡素な素木造りとしていることなど、全国の城門の中でも古い形式をとどめた櫓門として注目される存在である。

周山城

Comments Off

前回に引き続きマニアックなお城を紹介したいと思います。
今回は周山城。知っていますか?所在地は京都府京都市右京区京北周山町にあるそうです。
明智光秀が築城した城としては、坂本城や亀山城、福知山城が有名かと思いますが、今回取り上げている【周山城】というのは、あまり知られていないのではないかと思います。何年か前に、何かのテレビ番組でこの周山城の石垣が紹介されていたかと思うのですが、こんな城があるのだと改めて知り、すこし感激しました。そのかなり後に周山城を1度訪れてみましたが、本当にみごとなお城。ただこの周山城については、明智光秀の築城ということもあってか、まだよく分かっていないことが多い神秘な(?)お城なようですね。お城ファンは1度見に行かれても損はしないと思いますよ!
お城めぐりをしていくと、本当に全国各地に大小問わずにいろいろなお城があるな~と感動してしまうのですが、実は古墳や有名な人なんかの大きなお墓めぐりとかも結構好きなんですよね。ここお墓か~!!みたいな。今当たり前に見ている、墓地などにあるその家その家のお墓とは本当にスケールが違って(当たり前なんですが)、ここの中はどうなっているんだろうとか、ここはどういった経緯から作られたんだろうとか、想像していると楽しいんですよね~お城めぐりは、わたしの悩ましき頭痛の治療にもなっているんですよ(笑)
お城も昔からあるものですし、長年変わらず残っているものって本当に感動しますよね~!マイホームなんて建て替えても100~150年ももたないのに・・・と考えると、昔の人って本当にすごいなという気持ちになりますね!
おすすめサイト⇒ 骨盤矯正の体操とは・・・
おすすめサイト⇒ 坐骨神経痛は体操で改善できる?

高岡城

Comments Off

高岡城は明治8年(1875)に公園として開放されて以来、市民の憩いの場となっています。それが古城公園なんですが、なんと小さな動物園まであるんだとか。公園内には高岡市立博物館まであり、昔は図書館もこの古城公園内に合ったんだとか。体育館もあるそうですよ!
この高岡城は加賀百万石の2代藩主・前田利長(1562-1614)の隠居城として、慶長14年(1609)に築かれたそうです。
ここではお城めぐりとして色々なお城について書いてきましたが、高岡城については完成仕切ってないんだとか・・・?作っている途中に一国一城と定められ、途中となったお城がそのまま残されているみたいです。全国各地にこんなお城があるんでしょうかね。古城公園の見た目は全体的に「森」という雰囲気なので、お城自体も小さいし目立たないんですけどね。富山城の方は最近とても奇麗になりました。
そんな高岡城というのはなかなか雰囲気のあるものですが、やっぱり家族づれやカップルが集まるところはお城より古城公園内にある、小さな動物園なんですって。さすがにここにあるお城は淳さんも知らないかもしれませんね。ちなみに私の一番好きなお城は名古屋城です。はじめてみた時は本当に大きくてびっくりして、しばらく見入っていました。一度石垣が作り直されたドキュメントをテレビでやっていて、ますます好きになりました。
おすすめサイト→高校入試について、家庭教師とはどんなもの?

●城郭マニア

Comments Off

城郭マニアで有名な芸能人と言えば、ロンドンブーツ1号2号の田村 淳ですよね。
お笑い芸人でありながら、自他共に認める城郭・戦国マニアで、NHKの『その時歴史が動いた』のナビゲーター役の座を狙っているのだとか。
残念ながら、松平定知アナウンサーもこの番組にかなり思い入れがあるようなので、それは無理だろうとNHK出身のアナウンサーが語っていました。
それにしても、淳さんのマニアぶりはすごいです。
城郭の写真を見ただけで、どこの城かを即答できますから。
普通、メジャーなお城なら分かるけど、少しでもマイナーになってきたら分からないですよね。
私もお城にはいろいろ行っていますが、行ったことのあるお城でも、即答できませんでした。
もし、センター試験の科目に城郭があったら、間違えなく彼の偏差値が一番高いでしょうね。

●大阪城

Comments Off

誰もが知っている有名なお城、大阪城。
安土桃山時代から江戸時代の初めには城下町が日本の各地に建設されました。
石垣や堀で囲まれた城には天守や櫓がそびえ威容を城下に誇っていました。
安土桃山時代には金箔を貼った豪華な瓦の城も出現。
城に近い場所には役所や上級家臣の屋敷が置かれていました。
その外側には下級家臣の屋敷や町人地のほか、お寺や神社が建設されていました。
春には桜がキレイなことで有名ですね。
ここ大阪城公園内には4千3百本もの桜が咲きます。
日本桜の会が選んだ「さくらの名所百選」にも西の丸庭園が選ばれています。
石造りの巨城と言われ城域が四方2キロを越し難攻不落の城とも言われました。
でも冬の陣のあと徳川軍の手で外堀が埋められ、1615年夏の陣で落城炎上してしまいました。
何でも完璧なものってないんですよね。
ただ先日知人と話していた記帳の仕方は完璧にしないと後で後悔することに。
その知人は消費税の原則課税をきちんと把握していなかったために申告が完璧ではなかった。
そのためにもう一度申告・納税に加え、思いもかけない出費に。
大阪城のように完璧といわれる城のように、周りのフォローを固めておく必要ありだとか。
城も多くの人の協力があってこその巨大建築物。
仕事も同じようなことが言えるのではないでしょうか。