●岐阜城
岐阜城は、かつて、稲葉山城と称していました。
金華山頂に最初城を築いたのは、鎌倉幕府の執事二階堂山城守行政で、戦国時代には、斎藤道三の居城でもあったところです。
特に岐阜城の名を天下に示したのは、永禄10年(1567年)(一説に永禄7年)8月、不世出の英傑織田信長がこの城を攻略し、この地方一帯を平定するとともに、その地名も「井の口」を岐阜と改め大胆な構想のもとに善政を施し、天下統一の策源地としてからでした。
しかし、慶長5年(1600年)9月、関ヶ原の合戦の際信長の孫秀信が西軍に味方したため、東軍に攻め入れられ、激戦の末落城しました。
翌慶長6年、岐阜城は廃城となり天守閣、櫓等は加納城に移されました。
【パンフレットより】
4月 7th, 2008 at 10:06:42