お城の歴史について

安土城

安土城(あづちじょう)は、現在の安土山に建造され、
滋賀県近江八幡市安土町下豊浦にあった日本の城。
国特別史跡となっています。

築城主は織田信長、主な城主は織田氏、明智氏、
主な改修者は羽柴秀吉です。
築城年は天正4年、廃城年は天正13年。

琵琶湖のすぐ近くにある4つの城のうちのひとつなのですが、
建造当時は郭が琵琶湖に接していたそうなのですが、
昭和に入ってからは干拓が行われた為に、
現在は湖岸からやや離れているのだとか。

東京の整体に勤める友人は大のお城好きで、
初めて興味を持ったのが信長ファンだったせいか安土城だったのだとか。

琵琶湖を制する者は天下を制する(近江を制するものは、天下を制する)
と言われていたことから、琵琶湖を囲む4つのお城、
そのひとつが「安土城」だったという話のようです。

安土城は吹き抜け構造であり、現在存在している天守の中に
こういった構造のものは存在しないと言われており、
城だけじゃなくそれ以外の建築物なども含めても、
当時の日本ではすごく稀な構造であったことから、
ヨーロッパの教会建築から影響を受けたものと推測されているのだとか。

そういった造りになっているためか、通常の城の天守ならば日常的な居住空間としては
使用されることはなかったのですが、信長はこの天守で生活していたと推測されているのだそうです。
こういった高層建築物を“住居”としていた日本人は、信長が初ではないかという噂も。

信長というのは全てにおいて異端な印象がありますね。

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11月 11th, 2011 at 11:54:28 | Comments Off | Permalink


日本のお城

日本には、どれくらいのお城の数の記録が残っていると思いますか?
その数は、なんと二万五千くらいあったと言われています。
お城によって、その外観や作りなども様々でよね。

そして、現在お城として残っているのが、とても少なくその数はなんと12個だと言われています。
現在でも、お城が調査されていて年間にはおよそ数十件のお城が発見されているようです。
これからも、益々お城が発見されていくかもしれませんね。

お城は、日本の伝統とも言われています。
中でも、重要文化財として国から指定を受けているお城もあります。

コールセンターに勤めている友人は、お城に興味を持つようになってからお城めぐりをしているようです。
お城によって同じ物は無く、全く違っていますよね。
そのお城によって、刻まれた歴史が違うからなのでしょうね。
DVD撮影をしてダビングをして保存しておく事で、何度も見る事が出来るのが良いみたいですよ。
あなたも、お城めぐりをしてみませんか?

4月 6th, 2011 at 11:15:55 | Comments Off | Permalink


金沢城

石川県で有名な金沢城についてご紹介しましょう。
金沢と言えば、加賀百万石で有名ですよね。

この金沢城の歴史の始まりは、天正11年の前田利家によりこの金沢城の本格的な建築が行われました。それは、1583年の事です。
平成8年から金沢城公園として一般公開される事になりました。
この金沢公園で火災が多く、残念ながら石川門や三十間長屋以外の建物はすべて火災により焼失してしまったそうです。
ですが、平成13年には見事に復元され今に至ります。
古絵図や古文書などを参考にして、忠実に再現されました。

この金沢城にある石川門は、とても有名であり国の重要文化財として指定されています。
その他には、三十間長屋も同じく国の重要文化財として指定されているんですよ。

また今週末から、金沢城の兼六園がライトアップされます。
ライトアップされた金沢城は、本当に綺麗ですよ。
毎日忙しく自宅でも専用サーバを使用して仕事をしている友人を誘って、気分転換に行ってみようかと私も思っているんですよ。

1月 31st, 2011 at 10:51:41 | Comments Off | Permalink


富山城

現在、富山城址公園として一般に開放されている富山城についてご紹介しましょう。

富山城の歴史は戦国時代に遡ります。天文12年(1543年)頃、神保長職(じんぼうながもと)が神通川東岸の安住郷に家臣の水越勝重(みずこしかつしげ)に命じて築城したとされています。

天正10年(1582年)、織田信長の重臣佐々成政が越中の領主となり富山城に入城、富山城の大規模な改修を行いました。

本能寺の変(1582年)の後、豊臣秀吉と袂を別れた佐々成政は天正13年(1585年)、秀吉自ら率いる10万の大軍に城を囲まれ降伏、富山城は破却されました。

その後越中一国が加賀前田家に与えられると、寛永16年(1639年)3代加賀藩主前田利常は、次男利次に10万石を与えて分家。廃城と化していた富山城を修復、以後富山前田氏13代の居城として明治に至りました。

現在は城址公園として市民に愛される場所となっています。

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10月 26th, 2010 at 11:25:13 | Comments Off | Permalink


松前城(福山城)

先日北海道へ行く機会が有り、そういえば北海道に城は?と考えてちらし作成されたものの中から探してみました。
日本の城といえば、戦国時代から江戸時代にかけて建てられたであろう立派な天守閣を持つ高い建物をイメージします。
北海道はかつては「蝦夷」と呼ばれ、日本からは独立しているかのような地でしたから、日本独特の城はあまり無いように思われますよね。

そんなイメージの通り、北海道にいくつかある城のほとんどは「城」とは呼ばれておらず、「郭」だとか「チャシ」と呼ばれています。
「郭」の中では五稜郭が有名ですね。
「チャシ」とはアイヌ文化における城のことです。

・・・と、そんな北海道ですが、日本独特の城が全く無いわけではありません。
北海道にある城の唯一のもの、それが「松前城」です。
間違えやすいのが愛媛県にある、かつての伊予国の松前城ですが、こちらは「まさきじょう」と呼びます。
北海道の松前城は「まつまえじょう」と呼び、また「福山城」とも呼ばれています。

しかし、やはり過去において北海道は江戸文化の及ばない独立した蝦夷地でした。
そのため、日本独特の城である松前城が建てられたのも、歴史の中では最後期にあたります。
築城されたのは1606年、慶長11年のこと。
その後は旧幕府軍との攻防によって落城となります。

現在の松前城は国の史跡に指定されており、うち本丸御門は国の重要文化財に、御殿玄関は北海道遺産に指定されています。
城そのものは後々復元されたものです。

7月 8th, 2010 at 11:19:52 | Comments Off | Permalink


白河小峰城

3月に入りましたね。
季節は、だんだん春へと近づいています。
今朝も、全国的に良いお天気となり気持ちの良い朝を迎えている方も多いのではないでしょうか。
春になると、気になる情報というのがサクラと花粉の情報ではないでしょうか。

今回は、サクラが綺麗なお城についてご紹介したいと思います。
サクラが綺麗なお城で有名なのが、白河小峰城です。
白河小峰城は、福島県にある有名なお城です。
この白河小峰城の周辺には、城山公園がありその公園内には綺麗な桜が植えられています。

春には、サクラが綺麗な白河小峰城でのんびりお城巡りも良いですよね。
滋賀で婚活している友人と一緒に、この白河小峰城でのんびりお城と桜を見てみるのもリフレッシュできそうですよね。
この白河小峰城の桜の数は、約180本と言われています。

この白河小峰城は、奥州関門の名城と言われています。
1340年に結城親朝が小峰ケ岡に城を構えたいうのがこのお城のはじまりだと言われています。
江戸時代の初代藩主・丹羽長重公が4年という歳月を費やして完成しました。
それ以後は、松平定信公をはじめ7家21代の大名が居城したと言われています。
しかし、1868年に戊辰の役で焼失してしまったそうです。
そして、平成3年に三重櫓、平成6年に前御門が史実に復元をされ、白河小峰城は再びその姿を取り戻したのです。
この復元時に使用された杉材も、忠実に復元されているんですよ。
その杉材は、戊辰の役の激戦地である稲荷山のもの。
また、床板や柱には当時の弾痕がそのまま残っているので歴史を身近に感じられるかと思います。

3月 12th, 2010 at 10:25:29 | Comments Off | Permalink


弘前城

今回は、東北唯一の現存天守が残るお城、弘前城についてご紹介しますね。
宮城で婚活し、秋田でお見合いしてきたとこの前メールをもらったので今回は東方地方の有名なお城について書きたいと思います。

元亀2年(1571)、大浦為信が南部氏の勢力を津軽地方から駆逐し、豊臣秀吉の小田原攻めに参陣して津軽4万5千石を安堵され、姓を津軽氏に改めた。
為信の近世城郭建設の意志を受け継いだ第2代藩主・津軽信牧によって、慶長16(1611)年に築かれたのが、この城である。

本丸・二の丸・三の丸・四の丸・北の郭・西の郭の6郭と、それを囲む三重の堀と土塁がほぼ完全な形で残っている。
本丸南の虎口の前には角馬出がつけられていて、当初は南西隅に五重の天守、南東・北西に隅櫓が建っていた。
しかしその天守は1627年の落雷により内部の煙硝に引火・大爆発してしまい、そのまま180年再建されなかった。
ようやく幕末近くの1810年に、幕府の許可を得て南東の辰巳櫓を改築し御三階櫓(天守代用)とした。
西側をのぞく本丸周囲のみ石垣が用いられているが、北東隅の石垣は、鬼門除けで隅が削られた形になっている。

二の丸には、北東(丑寅櫓)・南東(巽櫓)・南西(未申櫓)の3基の三重櫓が現存している。
また、三の丸南の追手門、同・東門、四の丸北門(亀甲門)、二の丸東門(東内門)、同南門(南内門)の5棟の門が現存している。
いずれも周囲に土塁を築いて枡形を設けた二層の櫓門であるが、枡形前面に一の門として高麗門を設けていないこと、全体を簡素な素木造りとしていることなど、全国の城門の中でも古い形式をとどめた櫓門として注目される存在である。

9月 25th, 2009 at 10:27:19 | Comments Off | Permalink


首里城

今日は、超有名!沖縄の首里城のご紹介をします。
沖縄家族旅行で夏休みに訪れたり、旅行の名所になっているお城なので、
行ったことのある方も多いのではないでしょうか。

首里城は、かつて沖縄本島で栄えていた「琉球王国」の城だったのです。
その創建年代は実は明らかではないのですが、最近の発掘調査では、最古の遺構は14世紀末のものと推定されるそうです。
また、2000年12月、『琉球王国のグスク及び関連遺産群』として、日本で11番目の世界遺産として文化遺産に登録されました!
首里城は、文化遺産として世界に認められている史跡なのですね。

では「琉球王国」とは、どんな国だったのか、簡単にご説明を。
琉球王国は、1429年に尚巴志(しょうはし)の三山統一により成立されました。
15世紀に明の冊封国となり、17世紀初頭(江戸時代)に薩摩藩(日本)の国になったのです。

明治時代の1871年の廃藩置県で鹿児島県下に編入されたのですが、1872年には琉球藩となり、
1879年の琉球処分によって、今度は沖縄県が設置されました。
王統の統治権がなくなって、約450年の歴史に幕を閉じたという王国なのです。

この首里城、場所は那覇市にあります。国際通りからもタクシーで15分程度の距離です。
沖縄はシュノーケリングツアーなどももちろん楽しめますが、時間があればここも是非立ち寄ってみてください。
素晴らしい世界遺産をみながら、日本の歴史のロマンにどっぷり浸ってみてはいかがでしょうか(^^)

4月 7th, 2009 at 12:09:33 | Comments Off | Permalink


周山城

前回に引き続きマニアックなお城を紹介したいと思います。
今回は周山城。知っていますか?所在地は京都府京都市右京区京北周山町にあるそうです。

明智光秀が築城した城としては、坂本城や亀山城、福知山城が有名かと思いますが、今回取り上げている【周山城】というのは、あまり知られていないのではないかと思います。何年か前に、何かのテレビ番組でこの周山城の石垣が紹介されていたかと思うのですが、こんな城があるのだと改めて知り、すこし感激しました。そのかなり後に周山城を1度訪れてみましたが、本当にみごとなお城。ただこの周山城については、明智光秀の築城ということもあってか、まだよく分かっていないことが多い神秘な(?)お城なようですね。お城ファンは1度見に行かれても損はしないと思いますよ!

お城めぐりをしていくと、本当に全国各地に大小問わずにいろいろなお城があるな~と感動してしまうのですが、実は古墳や有名な人なんかの大きなお墓めぐりとかも結構好きなんですよね。ここお墓か~!!みたいな。今当たり前に見ている、墓地などにあるその家その家のお墓とは本当にスケールが違って(当たり前なんですが)、ここの中はどうなっているんだろうとか、ここはどういった経緯から作られたんだろうとか、想像していると楽しいんですよね~お城めぐりは、わたしの悩ましき頭痛の治療にもなっているんですよ(笑)

お城も昔からあるものですし、長年変わらず残っているものって本当に感動しますよね~!マイホームなんて建て替えても100~150年ももたないのに・・・と考えると、昔の人って本当にすごいなという気持ちになりますね!

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3月 19th, 2009 at 11:42:13 | Comments Off | Permalink


高岡城

高岡城は明治8年(1875)に公園として開放されて以来、市民の憩いの場となっています。それが古城公園なんですが、なんと小さな動物園まであるんだとか。公園内には高岡市立博物館まであり、昔は図書館もこの古城公園内に合ったんだとか。体育館もあるそうですよ!

この高岡城は加賀百万石の2代藩主・前田利長(1562-1614)の隠居城として、慶長14年(1609)に築かれたそうです。

ここではお城めぐりとして色々なお城について書いてきましたが、高岡城については完成仕切ってないんだとか・・・?作っている途中に一国一城と定められ、途中となったお城がそのまま残されているみたいです。全国各地にこんなお城があるんでしょうかね。古城公園の見た目は全体的に「森」という雰囲気なので、お城自体も小さいし目立たないんですけどね。富山城の方は最近とても奇麗になりました。

そんな高岡城というのはなかなか雰囲気のあるものですが、やっぱり家族づれやカップルが集まるところはお城より古城公園内にある、小さな動物園なんですって。さすがにここにあるお城は淳さんも知らないかもしれませんね。ちなみに私の一番好きなお城は名古屋城です。はじめてみた時は本当に大きくてびっくりして、しばらく見入っていました。一度石垣が作り直されたドキュメントをテレビでやっていて、ますます好きになりました。

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2月 24th, 2009 at 15:40:22 | Comments Off | Permalink